「ごめん。
ちょっと重い。」
その一言で、
心が折れてしまった人がいます。
恋人に言われた人。
好きだった人に言われた人。
元パートナーに言われた人。
もしかすると、
今この文章を読んでいるあなたも、
一度は言われたことがあるかもしれません。
その日から、
「私は重い人間なんだ。」
そう思い込んでしまった人もいます。
でも私は、
その言葉だけで、その人を判断したくありません。
くくるでお話を伺っていると、
「先生、私って重いですよね。」
そう聞かれることがあります。
でも、お話を聞いていくと、
その人は、
好きだから苦しんでいるわけではありません。
安心したいだけなんです。
「今日は何してる?」
と聞く。
返信が来ない。
何度もスマホを見てしまう。
「嫌われたかな。」
「怒らせたかな。」
「もう気持ちが冷めたのかな。」
そんな考えが止まらなくなる。
だから、
「どうしたの?」
と連絡してしまう。
相手からすると、
何度も確認されているように感じるかもしれません。
でも本人は、
責めたいわけでも、
束縛したいわけでもない。
ただ、
安心したいだけなんです。
人は、
安心できると、
追いかけなくなります。
「この人は大丈夫。」
そう思えるからです。
でも、
安心できないと、
確認したくなります。
「本当に大丈夫?」
「嫌いになってない?」
「まだ一緒にいてくれる?」
そうやって、
安心を探し続けます。
だから私は、
「重い。」
という言葉の奥には、
「安心したかった。」
という気持ちが隠れていることが多いように感じています。
もちろん、
だからといって、
何をしてもいいわけではありません。
何十件も電話をかける。
相手を責め続ける。
自由を奪ってしまう。
それは、お互いを苦しめます。
だから、
安心したい気持ちは大切にしながらも、
安心の方法は少しずつ変えていく必要があります。
そのために最初に必要なのは、
「私は重い人間なんだ。」
ではなく、
「私は安心したかったんだ。」
そう言い換えてみることです。
言葉が変わるだけで、
自分への見方も少し変わります。
愛されたい。
大切にされたい。
見捨てられたくない。
それは、
誰にでもある気持ちです。
決して恥ずかしいことではありません。
ただ、
その気持ちが強くなりすぎると、
相手に安心を求め続ける関係になってしまうことがあります。
そして、
その関係は、
お互いを疲れさせてしまいます。
本当に必要なのは、
相手が変わることではありません。
「この人が返信を早くくれたら。」
「もっと愛情表現してくれたら。」
もちろん、それも嬉しいことです。
でも、
それだけでは、
また別の不安がやってきます。
安心は、
相手からもらうだけでは、
足りないことがあります。
少しずつ、
「私はここにいていい。」
「私は大切にされる存在なんだ。」
そう思える経験を積み重ねていくこと。
それが、
安心を育てていくことなのだと思います。
もし今日、
誰かに「重い」と言われたことを思い出して苦しくなったなら、
その言葉だけで、
自分の価値を決めないでください。
あなたが重いんじゃない。
安心の求め方を、
まだ知らなかっただけ。
心は、
安心できる経験を重ねることで、
少しずつ変わっていきます。
だから、
今日のあなたを責めなくても大丈夫。
心には、ちゃんと理由がある。



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